いのたま
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コラム(3)
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第3回★アフリカの精神医療 -2-2001/04/17

サハラ以南で、唯一、欧米や日本のような精神医療が成立する国は、南アフリカ共和国です。世界で初めて心臓移植手術を行なった国ですから、医療のレベルは決して低くありません。精神分析も受けられます。

同時に、呪術医が今でも信頼されている国でもあります。長年のアパルトヘイト政策で、白人と有色人種の所得格差が大きいこと、1994年の全人種参加の総選挙以前は国民皆保険制度がなく、欧米型の医療が高くて敬遠されたことも影響しているでしょう。黒人間でも、ニューリッチと呼ばれる富裕層と、バラックに住む貧困層があり、黒人貧困層が欧米型の精神医療を受けられるとは限りません。

でも、呪術医に対する信頼は、経済的背景だけとは思えないのです。黒人富裕層でも、呪術医を好む人が存在します。欧米型の精神医療にはないものがあるからです。

黒人人口の約半数を占めるズールー族とコサ族は、呪術医を「サンゴマ」と呼びます。「ンゴマ」は歌舞を意味します(余談ですが、同じバンツー語族系のケニアのキクユ語では、「ンゴマ」は歌い踊る祭の意味だそうです)。サンゴマの治療は、まずクライアントが悩む症状を聞くことから始まります。その次が歌い踊るンゴマです。歌い踊るうちにトランス状態になって、クライアントの過去を言い当て、病気の原因を告げ、最後に薬を処方します。

薬の原料は、ほとんど植物です。そのため、都市部では「ハーバル・ドクター」の看板で営業する呪術医が数多く見られます。ソト族やツワナ族は「サンゴマ」と呼ばないので、サンゴマの名称ではクライアントが限定されるからです。コサ族が多いケープタウン、ズールー族が多数派のダーバンでは「サンゴマ」で営業する呪術医もいるようですが、混合区域のPWV州(ヨハネスブルグとプレトリアがある州。日本の首都圏のような感じ)では、「ハーバル・ドクター」の名称が主流です。

呪術医が処方する薬は、現地では「西洋薬より効く」と信頼されています。無知ゆえと捉えてはいけません。私たち日本人も漢方治療を望んだり、健康のためにドクダミやイチョウのお茶やエキスを飲みます。それに、研究所が新聞広告で呪術医に協力を求めたほどです。目的は新薬の研究開発。南アは、ゼラニウムやフリージア、グラジオラスなどの原産地で、植物が豊富なのです。

呪術医による治療は、カウンセリング、軽い催眠療法、薬の処方と揃っています。カタルシスもあります。また、医者は相対的に白人が多く、欧米型の精神医療は、黒人にとっては母語でない言葉で精神療法を受けることでもあります。骨折して英語で治療を受けるのは良いが、心の中まで探られたくないという気持ちは、歴史的経緯を考えれば不思議ではありません。

そのため、怪我や外科的な手術が必要な病気は欧米型の治療、慢性的な病気は呪術医、という使い分ける傾向が見られます。正確なデータはありませんが、全人口のおよそ8割を占める黒人の場合、精神疾患の半分くらいは呪術医にかかっていると思われます。

最後に、看護婦で呪術医という人物がいたことを記しておきます。数年前、ソウェト病院というヨハネスブルグ近郊の旧黒人居住区の大病院の婦長は、自宅で呪術的治療を行なうと公言していました。さすがに、新聞広告を出すといった大っぴらな営業活動は避け、クライアントは紹介のみ。広告を出さないことかえって信頼に結びつくのか、知る人ぞ知る名呪術医と言われていました。

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