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コラム(5)
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第5回★「精神分裂病」が消える?2001/12/16

これを書いている2001年12月現在、日本精神神経学会は「精神分裂病」の呼び方を改めようとしている。きっかけは、1993年に家族会が学会宛に提出した意見書。何年もの討議を経て、2002年8月までに新しい名称が生まれそうな気配である。

この数年間、「思考・認知障害」「クレペリン症候群」「ドーパミン関連症候群」など様々な新名称案が出たが、現段階での有力候補は次の3つ。

(1)シゾフレニア
(2)クレペリン・ブロイラー症候群
(3)統合失調症

(1)のシゾフレニアは英語読みをそのまま、(2)のクレペリン・ブロイラー症候群は命名者の名前を取ったもの、(3)の統合失調症は原語の意訳である。

では、なぜ「精神分裂病」という訳語になったのか。


<歴史>

「精神分裂病」と呼ばれている病気は、19世紀後半には別の名前がついていた。妄想性精神病は1868年に、破瓜病は1874年に、緊張病は1874年に記載されている。1896年、クレペリンはこの3つをまとめて「早発性痴呆」と名付けた。15年後の1911年、ブロイラー は予後が良い患者もいるので「早発性痴呆」は適切ではない、と「Gruppe der Schizophrenien」を提唱、ここからラテン語形の「Schizophrenia(シゾフレニア)」が誕生する。


<原語の意味>

Schizophrenia の「schi-」は分離や分裂を、「phren」はもともとは息、転じて
精神や魂を意味する。「-ia」は異論もあるが、大まかには病気を示す接尾語。


<日本語の訳出>

日本で最初に紹介したのは、呉秀三(東京帝国大学教授 巣鴨病院の院長 日本の精神医学の先駆者)。ブロイラーの命名から2年後の1913年だが、当時は原語のままだった。1922年の『最新精神病理学』では「早発性痴呆」だが、「精神分裂症」「精神乖離症」の名称が提唱されている、とある。その後の十数年間、訳語は一定せず、「早発性痴呆」「精神乖離症」「精神分離症」「神経乖離症」などが使われた。

1937年、神経精神病理学用語統一委員会が訳語を「(精神)分裂病」とする試案を提出。(精神)となっているのは「精神」を略しても良い、という意味である。これ以降、「早発性痴呆」「精神乖離症」は見られなくなるので、1930年代の終わり頃には「精神分裂病」が定着したと思われる。

戦後、「病」は不適切、「精神分裂症」が良いとの主張が出て、「精神分裂病」と「精神分裂症」が混在する。戦後の書物を見る限りでは、「病」のほうが圧倒的に多いが、「症」もある。 「(精神)分裂病」に統一されたのは、なんと1989年(!) 平成に入ってからの話なのだ。


<日本語訳の問題点>

諸外国では、シゾフレニアの名称変更の論議は皆無に近い。なぜ、日本で論議されているのか。

schizophrenia はラテン語系の言葉である。昔の日本で漢文の素養が求められたように、ヨーロッパでもかつてはラテン語が必須教養科目だったが、現代の日本人に漢文の知識が乏しいように、今の欧米でもラテン語の知識を持つ人は限られている。そのため、欧米人、とくに英語圈やドイツ語圈などゲルマン語系の国々では、大半の人が何のことかピンとこないという。

だが、「精神分裂病」と漢字で見ると、字面から受けるイメージがどうしても先立つ。「精神が分裂する病=ワケのわからない精神状態になる病気」といったイメージは、偏見につながりやすい。

「精神分裂病」の名称変更は何度も討議されてきたが、詰めの段階に入ったと見ていい。2001年10月には、日本精神神経学会と全家連(全国精神障害者家族会連合会)が連名で意見募集を行なった。同年11月には、PSW、看護婦、弁護士、家族、当事者、一般市民代表を交えた公聴会が開かれ、意見募集の集計結果が発表された(「統合失調症」が最も高い支持を得た)。

今後、集計結果と公聴会で出た意見を踏まえて国内会議でさらに煮詰め、WPA(世界精神医学会)が開催される2002年8月までにあらかた決めるという。WPAが日本で開かれるのは初めてで、日本精神神経学会の創設100周年の大事業でもある。

もちろん、名前を変えたから偏見がなくなるほど単純ではない。「前の精神分裂病だよ」と言われたら、それまでだ。名称変更の前に、治療法が飛躍的に進歩していること、決して不治の病ではないことを知らせ、「精神分裂病」に伴う恐怖感・不吉さの払拭が不可欠だろう。

(了)


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