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いのたまメンタルヘルス会議室のサイト運営記録です。


(2012/01/29(Sun.) 16:09 〜 2011/04/24(Sun.) 13:47)

  蜂蜜と香辛料 2012/01/29(Sun.) 16:09 

パンデピスは英語圏のジンジャーブレッドのケーキタイプと似てるけど、モラセスを使うジンジャーブレッドのレシピは近世以降だと思う。ヨーロッパの気候ではサトウキビは栽培できない。

パンデピスはバターも砂糖も使わない。蜂蜜だけでしっとり。買うと高いし、わりと簡単だから自作します。スパイスたっぷり、コショウもアクセントに入れている。癖が強いから、好き嫌いが分かれると思う。

さて、何の検索か忘れたけど、ポーランドにはピェルニクというスパイスと蜂蜜の焼き菓子があることを知った。ドイツのレープクーヘンに似ている。ポーランドはドイツ、ハンガリー、ウクライナなど周辺諸国の食文化の影響を強く受けているらしい。パンデピスによく似たケーキタイプもある。

ロシアでもポピュラーな食べ物らしい。整理してみた。

英語:ジンジャーブレッド
ケーキタイプ、クッキータイプの両方。アメリカではクッキータイプを「ジンジャースナップ」と呼んだりする。北米では蜂蜜ではなくメープルシロップを使う場合も。

フランス語:パンデピス
クッキータイプは見当たらない。

イタリア語:パンペパート
ペパートはコショウのこと。家庭ごとに、かなり違うらしい。

ドイツ語:レープクーヘン
別名ホーニヒ・クーヘン。ケーキタイプあり。クッキータイプはジンジャーブレッド・ハウスと同様、人型があり、クリスマスに小さな家を造る風習がある。

スウェーデン語:ペッパルカーコル
クッキータイプは確認できた。ケーキタイプは未確認。

フィンランド語:ビバルカック
クッキータイプのみ確認。

ハンガリー語:メーゼシュカラーチ
クッキータイプは見つけた。

チェコ語:ペルニーク
これもクッキータイプしか確認できていない。

ポーランド語:ピェルニク
ケーキタイプ、クッキータイプ両方ある。
チョコレートがけ・砂糖がけがあるのはドイツと同じ。

ロシア語:プリャーニク
ケーキタイプは見当たらない。人型も見当たらない。

人型は、もともとは聖体の意味があったらしい。スパイスは高価だったため、クリスマスやイースターなど特別な時期に食べていたのは、どの国も共通。

チェコ語のペルニーク、ポーランド語のピェルニクは呼び名がそっくり。スラヴの言語は共通点が多いというのは本当だなと思う。

粉、蜂蜜、スパイスだけのレシピもある。卵や乳製品のアレルギーがあっても、これなら食べられるはず。

チョコレートがけにすると、バレンタイン・デーにちょうど良さそう。1個ずつテンパリングするのは面倒だから、15〜20センチ位の円形で焼いて、熱いうちに板チョコはりつけてみようかな。

イタリア、ポーランド、ロシアは食べたことない。中東にもありそうな気がする。コンプリートしたくなってきた。



  レシピ覚書き 2012/01/06(Fri.) 03:28 

いろいろコツが掴めてきたので、覚書きです。

・ベラベッカ
卵1個に牛乳を足した水分量、スキムミルクを大さじ2〜3
アーモンドを砕いて入れたら、高級な味になった
20cmパウンド型に粉250gで少し余裕があった
赤ちゃんのおくるみの形が伝統だけど、うちのオーブンは下火が強くて焦げる

・パンデピス
レシピの蜂蜜が多すぎ。減らすとボソボソするため、マフィンの基本配合から算出。中世のレシピには蜂蜜やアーモンドがよく出てくるから、アーモンドプードルを使ってみた。この量は20cmパウンド型で余裕あり。

粉(ライ麦粉、全粒粉、強力粉、薄力粉を40gずつ)160g
アーモンドプードル 40g
重曹 小さじ1
ベーキングパウダー 小さじ1
蜂蜜 100g
卵  2個
牛乳 100cc(様子を見て調節)
生姜(すりおろし汁)大さじ1ほど
シナモン 小さじ1 オールスパイス 小さじ1
ナツメグ 小さじ2/3 カルダモン 小さじ1/2
ラムレーズン 80g
レモンピール 20g

ボールに蜂蜜→フライパンか中華鍋に湯を張って蜂蜜を溶かす→卵を1個ずつ→生姜・牛乳→あらかじめ用意した粉&スパイス→ドライフルーツ

生地はマフィンよりゆるめ→冷蔵庫で1時間ほど寝かせるのは必須→焼く
オーブン庫内の温度が下がるため、200度近くまで熱しておく
焦げやすいから160度で

ドライフルーツはモソモソを避けるための脇役、総量は100g程度でいい
クランベリーの赤ワイン漬けも合いそう
ナツメグを小さじ1に増量(スパイスの量・配合は好みと気分)

・ビスコッティ
粉120g、ベーキングパウダー小さじ1/2→カットしやすい、仕上がりは固い
重曹との合わせ→カットする時に崩れるけど、仕上がりはサクサク
ココア生地は1/3をココアパウダー



  ベラベッカとシュトーレン 2011/12/15(Thu.) 18:49 

夫がクリスチャンなので、クリスマスは毎年できるだけのことをしている。去年のクリスマスはアルザスがテーマだった。

アルザスのクリスマスの伝統菓子パン、ベラベッカのレシピはあるが、食べたことがなかった。ちょうど生協がベラベッカを一度だけ取り扱い、注文した。シュトーレンより、あっさりして美味しかった。

今年は自分でつくっている。ドライの洋梨は干アンズを代用。1度目は少し焦げた。2度目はそこそこの出来。バターと砂糖の量は、シュトーレンの半分くらいでも充分美味しい。

捏ねるのが一仕事だけど、4〜5日でなくなる。ナッツ類のストックが切れて、いつもの店に注文、今日届いた。

ついでにアーモンド・プードルを買ったから、次回は目先を変えて、ベーキングパウダーの簡単シュトーレンを作る予定。



  趣味でキーボードを潰すわけがない 2011/10/25(Tue.) 14:53 

今年3月に買い替えたキーボードがすでに…。キーの印字が消えかかっている。H、J、K、Nは完全に消えた。

よく使うI、U、Oはつるつるで何もない。左手のほうが力が弱いせいか、AとEはかすかに残っている。まともに文字が見えるのは、あまり使わないQ、V、Z、Xだけ。

約半年で、文字列の7割近くが消滅。20年以上ブラインドタッチだから、支障なく使っている。

夫に「またキーボード潰した」と言われた。「わたしの破壊力を侮るな」と高笑いして言い返した。



  夜を歩く 2011/07/09(Sat.) 19:14 

先日、新宿で友人たちと集まった。アルコールを受け付けない体質か、かなり弱い人ばかりだったのに盛り上がった。仕事が早く終わった夫も一緒だった。

カメラマンの村田信一さんは、今も中近東で写真を撮っている。ガザの海岸の写真が美しかった。60キロに及ぶ海岸線は、砂浜が多い。紛争がなければ、素晴らしいリゾート地になるのに。

帰りは、二駅分歩いた。私は学生時代から社会人2年目まで、目白に住んでいた。ヒールの高い靴でない時は、徒歩で帰った。「浮いた電車賃で、アイスクリームとか買ったよ」と夫に話しながら歩いた。

寄り道しながら、1時間ほどで到着。東日本大震災の影響で、仕事は厳しい。それでも、夜を歩く楽しさはある。絶望するほどの状況ではない。



  隣の税理士さん 2011/06/14(Tue.) 00:15 

私の父は造船関係の小さな会社を経営していた。造船不況の中、急死して、2億円を超える借金が残った。

私たち一家を助けたのは、隣に住む税理士だった。弁護士を紹介してもらい、私たち兄妹3人は相続拒否、最低限の生活を確保するため、母だけが相続するという変則的な形を取った。

何だかんだで、数百万円は返済したらしい。それでも、母の相続分の数%だった。おかげで、私たち兄妹は全員が大学に進学できた。今でも、隣の税理士には深く感謝している。

いちゃもんをつけたがる人はいるもので、この時の対応が「ベストだったのかなぁ?」などと言うわけですね。「じゃあ、どうすれば良かった?」と訊ねると、答えられない。30年以上前の法律の知識が必要だから、50歳以上の弁護士以外、考えつかないと思う。

現時点で手を打てないことに口を出しても、どうにもならない。私だって、人のことではあの時ああしたら良かったのに、とはなかなか言えない。

私にとって何より大事なのは、隣人が助けてくれたこと。もしかしたら、いくらか返済せずに済んだかもしれないが、今さらどうでもいい。最後の催促から20年近く経過し、すでに時効なのだ。

大変だった時に助けてくれた人に感謝の気持ちを持つ。そんな当たり前のことにケチをつけられたくない。



  衣替え 2011/06/06(Mon.) 22:34 

昨日ようやく衣替えをした。毎年4月中旬か遅くても下旬だから、例年より2ヶ月近く遅かった。

4月から5月にかけていろいろあり、億劫だった。5月は気温が低かったし、例年より早く梅雨に入って梅雨冷えだし、先延ばしの先延ばしになっていた。



  ぶつけられて痛い物 2011/05/08(Sun.) 22:45 

連休中、友人に会った。前回の運営日誌を読んでいた。以前、葬儀社に勤めていた友人は「年に何度か遭遇した」と言った。

「高齢の親にろくに会ってないとか、要するに罪悪感の裏返し」

罪悪感や葛藤を抱えきれない、服薬中の人間にあれこれ言う無神経さ…私はパーソナリティを構造を考えた。

自我の形、自我の感触。崩れたコンクリートの塀のカケラを連想した。固くて、もろい。そんなカケラでも、ぶつけられたら痛いのだ。



  言いたいことを言う資格 2011/04/29(Fri.) 16:27 

統合失調症で30年近く入院していた女性が亡くなった。まだ50代だった。ずっと独身だったので、家族はきょうだいと甥姪だけ。甥御さんの一人が、死因は「薬が多すぎたせいではないか」と言い出した。

私は死因を訊ねた。答は「わからない」だった。年齢から、ガン、くも膜下出血か何かの脳血管の病気、心臓の病気など考えられる。どうだったのかと訊ねたが、「わからない」の一点張りだった。

「親御さんは死因をご存知だと思うけど?」
「いや、きいていない」
「医療過誤で法的アクションを起こす?」
「いや、そうじゃなくて」

死因がわからない以上、話を続けても意味がない。それでも「薬が多すぎたのではないか」と言う。

「叔母様の処方は?」
「知らない」
「お見舞に行ったことは?」
「ない」

見舞に行かなかった背景は理解できなくない。亡くなったのは母親の妹に当たる。見舞に行けば、自分の母親が保護者に選出される可能性があった。それを避けるためなら、母親を優先しただけのこと。責める気はない。

だが、何度も「薬が多すぎたのではないか」と聞くうち、苛立ってきた。私が服薬中だと知っていながら、うるさい。死因を知らず、見舞にすら行かなかった人間に何の権限があるのか? 

苛立ちながら、死因を知らない背景を考えた。病気や事故なら、家族が告げる。だとしたら、自殺か。

私は言わなかった。気づかない人は知らないほうがいいと判断した。同時に「生前、一度も見舞に行かなかったことを悔やんでいる」の一言もないまま、薬が云々と酒の肴のように続く話が不愉快でたまらなかった。

「死因がわからない以上、どうにもならない。私から言えることは一つだけ。行動を伴わない人間に言いたいことを言う資格はない」



  A terrible beauty is born 2011/04/24(Sun.) 13:47 

今日はイースター。地方選の投票日でもあるので、アイルランドのイースター蜂起(1916年)のことを考える。
タイトルはイエイツの詩、Easter 1916 で繰り返されるフレーズから取った。

U2を聴く。『ブラッディ・サンデー』は血の日曜日事件(1972年)がテーマ。ライブでは犠牲者の名前を述べる。You Tube でライブを観る。

初めての選挙の投票は1984年だった。帰りにアイスクリームを食べた。有線からU2が流れていた。

大学時代、アイルランドに行った。飛行機は成田〜ロンドンだったから、帰国前にロンドンに戻った。小さなライブハウスで「僕の友達」と紹介された若い男性は、イギリスに逃れてきた理由を語った。

いろいろなことを思い出す。自分が不幸だとは思えない。発症が早かったとはいえ、恵まれた部分もある。普通の生き方はできないけれど、普通、普通と言う人の人生と取り換えたくない。私は、この人生がいい。







 
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